1920年 – 1930年の音楽史

1920年 – 1930年の音楽史

本記事では1920年 -1930年の欧米及び日本を中心とした音楽史を解説する。

1920年代の概観

略年表
1920年 国際連盟発足
1922年 ソビエト連邦成立
1923年 関東大震災
1929年 世界恐慌

第一次世界大戦が終戦し、世界各国はいかにして平和な世の中にしていくか、ということを真剣に考える。

アメリカ

アメリカは「狂騒の20年代」といわれる時代に突入する。大戦の影響によりアメリカ経済は空前の大繁栄を遂げ、大量生産・大量消費の生活様式が確立していくこととなる。自動車や映画、そしてラジオは当時の新技術として大衆に広まりその他にも家電の普及で生活は豊かになっていった。アメリカの作家 フィッツジェラルド原作の映画「華麗なるギャッツビー」はニューヨーク、ロングアイランドを舞台にまさにこの黄金の20年代の富裕層を体現した内容のもので、こちらをご覧いただければ1920年代のアメリカの様子がわかると思う。

ヨーロッパ

またヨーロッパも大戦後、基本的には国際協調をベースに、徐々に落ち着きを取り戻していた期間であった。しかし一方ではイタリアのムッソリーニ率いるファシスト党が台頭してきたり、ドイツではヒトラーが力をつけてきたりと、第一次世界大戦後の反動は確かな歩みを持って進んでいた。

ソビエト連邦

そして、ソビエト連邦という人類史上初の社会主義国家が誕生し「不気味なもの」として世界中が彼らの動向を警戒し始めた。

2つの“新”音楽の誕生

さて、音楽は大戦後どうなったかというと、大きく2つの傾向の音楽が新しく生まれた。

新古典主義音楽

その一つが新古典主義と呼ばれる音楽だ。

世界大戦前のとても不安定な状況を忌み嫌って、当時を思い出させるようなどろどろとした表現主義やボヤッとして取り留めのない印象主義をすっかり取り除き、バッハやクープランを代表とするバロック時代の音楽やハイドン・モーツァルトなどの古典派音楽を取り入れ昔に戻ろう!

というテーマのもと生まれた。音楽の特徴は、シンプルなスタイルとメロディー、明るくて朗らか。まさにバロックや古典派音楽の持つ特徴と同じである。代表的な作曲家は別記事の原始主義の音楽で紹介したイゴール・ストラヴィンスキー、ドイツの作曲家パウル・ヒンデミット、フランスのダリウス・ミヨーやアルテュール・オネゲルなどである。

例えば、1924年に発表されたストラヴィンスキーのピアノと管楽器のための協奏曲はバロック音楽への傾斜が見られ、同じく1924年に作られたヒンデミットのヴァイオリンソナタ 作品31-2も、分かりやすいメロディーや構成が用いられ、最終楽章はモーツァルトの歌曲「春への憧れ」の旋律による変奏曲になっている。

12音技法

もう一つは12音技法だ。

この音楽を編み出したのが、別記事の表現主義のところで紹介した新ウィーン楽派の祖 シェーンベルクである。弟子であるウェーベルン、ベルクとともに20年代半ばから様々な作品を世に発表していった。

12音技法とは大変簡潔に表現してしまうと、1900年代から使われていた無調音楽をシステム化したものだ。

シェーンベルクが1923年に完成させたピアノのための組曲 作品25が初めて、全曲にわたって12音技法を用いた作品だ。ウェーベルンはこの手法のもと緻密な結晶体のような音楽、弦楽三重奏曲 作品20交響曲 作品21を作曲した。この技法は、第二次世界大戦後に躍動する作曲家たちの注目の的となり、後の現代音楽シーンに計り知れない影響を及ぼすこととなる。

日本

さて、日本の1920年代を見ていこう。

第一次世界大戦後はドイツやフランスへ留学する音楽家が少しずつ増えて、1910年代よりも本場でヨーロッパの音楽をアカデミックに学んでいくという流れが作られていった。

注目すべきポイントは、1910年にドイツへ留学していた山田耕筰は、その当時の現代音楽的なスタイルも学んだが、基本的にはドイツ・ロマン派のスタイル、いわば一昔前の音楽を生涯作っていたのに対し、池内友次郎ら1920年代留学組は同時代の音楽、現代音楽の書法をベースにしているというところだ。以後、日本の作曲家は彼らから作曲法や和声法を習いそれが基礎となっているので、日本の作曲家のいわゆる「現代音楽」化は1920年代から始まったと言っても過言ではない。

まとめ

このようなかたちで1920年代は進んでいくのだが、それまで大成長を遂げていたアメリカで悲劇が起こる。1929年 ニューヨークのウォール街で突如株価の大暴落が起きてしまう。この影響がたちまち全世界に波及し世界恐慌となり、世界の情勢は再び大きな戦争、第二次世界大戦へと向かっていきます。その不穏な世の中の音楽とは一体どのようなものだったか?1930年 – 1940年はそのあたりに焦点をあててみていきたい。

チェックポイント

・第一次世界大戦後、大きく2つの傾向の音楽が新しく生まれ、一つは新古典主義音楽と呼ばれるもので、それまでの第一次世界大戦を思い起こさせる、不安で秩序のないような音楽ではなく、シンプルなスタイル、シンプルなメロディーで、明るく朗らかな音楽であったこと

・もう一つは12音技法の音楽で、1900年代から使われていた無調音楽をシステム化したものであり、このスタイルが1945年以降大変な発展を遂げていくということ

・日本は大戦後、ドイツやフランスへ留学する音楽家が少しずつ増え、本場でヨーロッパの音楽をアカデミックに学んでいくという流れがより作られていき、日本の「現代音楽」化が動き始めたこと

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